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9月4日 盆栽屋のんき話
 執念でこの樹を持ちたいなんて思ってはいない。ただただ道楽でこの樹を自分の物にし造ってみたかった。二人のセガレと材木屋の息子と材木屋のトラックでこの樹は運ばれてきた。降ろすには4人でなくては駄面で私も運ぶのに手伝った。5,6年ぶりの対面である。昔を思うと樹は少し、やせていたと思った。荒々しさは昔のままで有る。山取りの樹の特徴を出し、左に舎利が出来ていた。胴体は俺のハラぐらい有るように思われる。高さは1mぐらいにおさえられそうである。振りも良い、ただまだ枝が細いのが気になった。もっと枝が太くなれば、かなりの力強さになるのだが、細かい枝を冬には少し抜きたい、家に手入れに来ていた二人の客にこの話をすると早速に炎天下というのに見に行った。この黒松の樹は第二置場に有る。帰って来た二人の客はそれぞれにほめてくれた。庭が広かったら、門の所に堂々と置いてみたいと言った。私はその言葉に感動した。嬉しかった。夕方どこで聞いたか早速一人の業者(ブローカー)が来た。まだだれにも話して無いのにどうして知ったので有ろうか、この業者も第二置場に飛んで行った。帰ってくると値を聞いてきた。私はこの男には売りたくないのでかなりの高い値を言ったら、あそこが悪いのここが悪いの難クセをつけ出し私が言った値がベラボウに高いのが悔しいのか交渉のしがいがないと文句を言って帰っていった。たぶんここ一週間ぐらいこの男は私の家の行動を知っていたと思われる。あれほど毎朝当園に寄っていたのがここ4日ぐらい来ていなかった。私はこの松を買う事も、この後に出来るだけ持主が9月のセリ会に出す品物の件でも色々と嫌な裏話を聞き、人間の裏側を見た気がして嫌な思いが増した。つづく
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9月10日 盆栽屋のんき話
 私はこの黒松には35年ぐらい前からの思い出が有る。親から独立して間がない頃、世田谷の増井群芳園さんに渥美半島に有る住吉園芸さんを紹介された。埼玉の地から東名を浜松で下り、一般道を渥美半島に向かって走るのであるが、かなりの時間がかかった。住吉園芸さんは、かなりの数の盆栽を栽培をしていた。山取り物の黒松、クチナシ、ウバメガシなどが有り関東ではまだ少ない樹で有った。ここだけでハイエースいっぱい買い入れる事ができた。行くときは何時も夜中に家を出て、日帰り出来たので有る。2回目ぐらいに行った折、この黒松を見たので有る。まだ本当の荒木で有った。太さにビックリ、そして樹の動きも良く、感動したが、もうその樹には予約が入っていた。それから2年ぐらい住吉園芸さんで完全に根が付くのを待っていたのか、あったのだが私は何時見ても、ほしい樹であった。やがて東京の方の買主が持っていたとか聞いた。それこれと10年ぐらい経た頃と思う、その客が遊びに来た。家の盆栽を見てくれと言った。都内でも有るし近いのでセガレと行った。お寺さんで有った。あの浮世絵師英一蝶が何か月も居候していた寺で有った。江戸時代から続いていた。ビックリしたのは寺に上がる階段の所にその黒松が有った。ここに来ていたのだ、久し振りに対面した大きな常滑の良い鉢に入り樹格も上がっていた。それから、その客(お坊さん)おは、かなりの昵懇になった。国風展に出す仕事は当園で扱うようになった。その後は何回かは私も伺ったが、セガレが行くようになった。その客も病気で病気には勝てない、やがて盆栽を全て次世代にゆづる事になり、思い出深りし黒松は当園に来た。何としても、良いものにしたいのだが、それにしても不思議な縁で有った。盆栽屋にはこのような縁の話は数々と有る。
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9月17日 盆栽屋のんき話
 この黒松を買う時、ある人間達のみにくさを知ったが別にこの人達を私はウランではしない。この不景気な世にまして道楽の品で有る。盆栽界は今が一番にきびしい時代で有る。のほほんと仕事している人間も有れば生馬の眼を抜く人間もいる。仕方ないではないか。黒松を想い出だけで自分の物にし果して私にその腕が有るか、何も出来ず笑い者になるのが必常ではないか。負の方が多いように確かに思っている。かつて私は短冊に「盆栽はロマン」と女房に書いてもらい仕事場に画鋲で張り付けていた。たいした考えもないで、この言葉を楽しんでいた。お客からこの言葉の内容を聞かれても、ひどろもどろで言葉に困っていた。やがて安行東盆栽の高橋君が来て、この汚れてきたない短冊を呉れと言った。私は恥ずかしい半面、ほっとして彼に渡した。この間2年ぶりぐらいに高橋君所に行った薄汚れた短冊は張って有った。本当にハズカシイ、見てもいられない物で有った。今生きている日本はと考える。金や権力のアベノミクスと原発の放射能に苦しんでいると思うと盆栽にロマンを感じ自然を感じ生きるのもいいではないか。
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9月24日 盆栽屋のんき話
 ここのところで私の使用する眼鏡は3ツになった。昨年の夏頃に白内障の手術をし、一年も経つと初めは盆栽の手入れをしたり新聞を読んだりするのに乱視や近視が有るのでどうも見にくい、そして1個でなんとか間に合わせで使って居たが、通常は眼鏡を外す機会も多く、そうすると眼鏡がどこに置いたかわからず仕事場へ探しに行ったり、自宅の方へ探しに行ったりで大変で有る。クビからさげるヒモみたいのを買って付けるので有るが、それでもどこかに置いてしまい、家族に迷惑を掛けて探してしまう時も有る。裸眼で通常はいたすので有るが、お客さんと庭で駄弁ってしまう時、眼鏡を盆栽棚などに置き忘れるとさあたいへん探すのがよいじゃなくなる。セガレにもう一台買って置くと家に一台、仕事場に一台を置くと良いなどと言われても、根っからの貧乏性でなかなか買えなかった。先日、長野の山奥の温泉に行く、車を走らせて居ると、どうも遠くの案内板も景色もぼやけて見づらい年を取っても高速を飛ばすので、さらに困った。帰ってきて、その日の内に眼鏡屋へ行ったら、よくこんな眼で長野より帰ってきたと言われて、眼鏡を一つ作る事になり、また自宅用に手許を見る眼鏡を作る事となり、3ツになる事になりました。また眼鏡が安くなった、どうせ長生しても10年ぐらいだろうから安いのでいいよと言ったら、ワクも付いて2台でで3万いくらで良いと言った。あまりに安い。今、3台の眼鏡を使って居るが実に便利だ、仕事がさらに楽しくなった。女房も作りたいと言うから、眼鏡屋に連れていくと、眼鏡屋はうまい事を言い、一台3万いくらの眼鏡を売りつけた。私の二台分で有る、それでも私の紹介分として5000円まけてくれた。果たして女房は私より長生ができるか楽しみである。
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