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10月2日 盆栽屋のんき話
 せっかく買ったメガネなのに帰るお客が忙しく、メガネを使わず車で駅まで送って行った帰り道、チョット廻り道して、雑木林の中の道を走った。好きな道なのでついここを通る。チョット荒い雨が一日降っている。100mぐらい離れている林のはづれで傘をさし立小便をしている人がいた。私は乱視も有り、いささかぼけて見えるので有るが、かなりハデな服を着ている。近づくと男だと思ったら女性で有った。30才ぐらいに見える。きれいな二本の足が見えた。まったくビックリで有る。女性の立小便を見るのは久し振りで有る。私も恥ずかしい見ないふりをして通り過ぎた、女性は雨の中どうしようもなく行っていたのであろう。かつて子供の頃に田舎のバアサンが田んぼのあぜで立小便をしているのを何回か見た事が有る。着物も汚さず小便を飛ばしていた。ウマイものだと感心した事が有った。やはり小学六年の頃か、どうゆうわけか同級生の女の子と戸田のボートコースへ釣に行った。長時間いるので女の子がオシッコをしたくなり私に土手の上にあがって、人が通るか見張っていろと言った。そして絶対にウシロをふりむくなと言った。土手の道などめったに人も車も通らない。なにげなく僕は振り向いてしまった。土手下の緑の芦の間に彼女の真白い丸い玉子のような、おしりが見えた、なんと美しい事か、今も忘れない。
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10月8日 盆栽屋のんき話
 ここのところ朝に晩によく雨が降る。植木屋殺すにや刃物はいらぬ、雨の三日も降れば良い、と死んだオフクロは長雨が続くと良く言っていた。雨の日は盆栽屋まがいの我家も客など来ず、縁日に出ていた頃など商いにならなかったからで有る。かつてオフクロが生き朝から夜10時頃まで夜なべなどして這いつくばるようにして働いていた頃、縁日屋から問屋になった頃商いも調子にのり、だいぶ稼いでいた頃、隣に住む納税組合の班長になった植木屋に密告され、税務署職員が二人来た。たいした稼ぎもないのに通帳やら帳面を調べられ親父はとっちめられた。そばで松苗をまげる仕事をしていたオフクロが突然松苗をカベに投げつけ、嫌だ、いやだ税務署は朝から夜中まで一生懸命働いた金を持っていくと、どなった。よほどやりきれなかったのだろう。無学で地を這うようにして生きた人間の言葉である。夜の雨は淋しい、又つらい事を思い出す。貧しさのゆえの事だったのだろう、小学校へ私の事で母親は文句を言いに行った。口ぎたなくしゃべったと思われる。あくる日先生は何も言わず私の頭をなでた。私は先生の顔を一日中見られなかった。その先生も83才まで生きた。そして3日前に亡くなり、お通夜が有った、私を折にふれ何時も応援してくれる葉書をくれた。流石は流石はと書かれている文で有ったが私にはリュセキとしか読めず何の事だか、わからなかった、先輩にさすがと読むのだとおしえられた、小さな事でもよくほめてはげましてくれた。初めに書いた言葉だが、植木屋ではなく本当は貧乏人を殺すにや刃物はいらぬ、雨の三日も降れば良いと言うのだが、私も近頃やっと、ゆっくりと生きられるようになった。
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10月15日 盆栽屋のんき話
 江戸川小品盆栽会より季刊に出すので有ろうカラーの会報が当園にも送って来た。ここに紹介をする。「小さな盆栽も実りの季節」と題して10月になり、ようやく朝晩も涼しく過ごしやすい毎日になりました。皆様いかがお過ごしでしょう。春に咲いた花に交配受粉させた実りの秋がやってきました。実が葉っぱが赤や黄色に色づき、鳥たちの収穫祭になります。実なり盆栽を楽しむ季節になりました。鳥が好むピラカンサや梅もどきの赤い実は盆栽に彩を添えてくれますので取りたちからの保護が必要になりました。棚にネットをかけておけば一番簡単な方法で回避できますね。と書いて有った。まことにやさしい文章で有る。私には書けない素晴らしい書初で有る。盆栽誌だってこんなやさしく書けていない。今の雑誌はカタログ雑誌で金もうけだけだ。会報には展示会の案内、盆栽の手入、苔の手入など、書いてあり、また会員の消息なども記してある。頂いて嬉しい季刊誌で有る。もう一つビックリする事が有った。電話で予約されてはいたが、早朝8:30分に茨城の盆栽会が20人ほどでバスで来た。第一置場も第二置場も見、その後せまい仕事場にギッシリと集まり役員さんがアイサツやら質問やらされた、松類の育て方、どんな土を使うか水掛は如何にまことに熱心な質問で有った。皆んな一生懸命に会を育てている。嬉しいではないか、女性も5名ぐらい入っていた。一週間ぐらい前も新潟県の団体が来た。5年ぐらい来なかったのだが、懐かしい顔見知がいた。ここも女性も会員も増えていた。皆んなだいぶ年老いていたが、また何年か後に会おうと約束した。日本の盆栽愛好家は人知れず、その地で楽しんでいる。会も人も多い、その人達にも協会は眼を向けなくては駄目である。また盆栽誌も同じ事が言える。個々の盆栽園も原点に戻らなくては駄目なのではないだろうか、今は金木犀の花が香っている。
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10月22日 盆栽屋のんき話
 セガレは朝早く、グリーンクラブでの水曜会の大会に行った。何時もの火曜日の男がまたくる。もう70才になるのか、親の面倒を見ているとか、親の土地の問題も彼がやらねばならず、隣の家との境がわからないとか、そんな事は弁護士に頼めば良いのにと思うのだが、そのうち、今度は80才になる客が車で来た。日曜日は当園に来る客も多いので車を上手に止められないとか、人が少ない火曜日なんかゆうゆう話せるなんて言っていた。私も老人だが3人共古く話は話の折々に、年寄の話が出る。まったく色気などない、当園は何時も仕事場に菓子が出して有るので、糖尿病で有る人間は困ると言うが、昨日頂いたカリン糖の大きいのを喰っている。80才の客は樹を持ってきたが、展示会にも良く出す客であるが、感覚がぼけるのか、小品の樹々がいささか大きい作りになっている。作りが甘いのだ、糖尿病のせいなのかな、今度は女房が持ってきた、ゆで栗を喰ってよく駄弁る。樹の話は良いのだが、温泉の話など気持ちが良い、栃木の方へよく通っているらしい。今日は関西の方の若手の業者が来て、そのうち来ていた二人の年寄は去った。若手の話は好きだ、私はその親の消息などつい聞いてしまうが、なるべく若く、若手の声を聞く、関西の業界の話はやはり不況で有るとか、手頃な良い品が動くとか、もうじき大観展で10席持って行くとか、なかなかガンバッテいる。若手の話は身を洗える世界が広い二本ばかり求めて行った。雨が降り出した、台風が近づいているので、そろそろ樹を保護してやらねばなるぬ。セガレも帰って来た。
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10月29日 盆栽屋のんき話
 セガレの知合の材木屋から盆栽棚になる材木板を買う、数が少なくても持って来てくれるのは有難い。第二置場は廃材などで棚にしているので棚がすぐ痛む、セガレが客の所に行っているので私が材木屋と話す。材木屋は今は大変だとか、ほとんどの工務店や大工が建築会社や建売会社とむすび付いているのでその線とつながってない材木屋はスッカリ喰えなくなったとか、昔から材木屋と言えば金持の商売と思っていたら、こんな事態になったらしい、この若き材木屋も3年ばかり静岡の方で修業し跡を継いだが、大変らしい、今はリホームの工務店や大工とつながりを持ち、喰っているとか駄弁って帰った。セガレとサッカー友達で有る。昨年盆栽愛好家だった都下の方の材木屋が盆栽を全部処分した。私の家の客ではなかたが、かなり高価の盆栽を楽しんでいたのだが、やはり材木屋の形態が変わり駄目になったらしい。材木や園芸資材などを売るホームセンターにも押されているとか、大工が安いのでホームセンターで買い入れているとか、世の中の形態が変わりスーパーが近所の魚屋や八百屋を喰いつくし、色々と変わってくる。盆栽屋だって、どのように変わるかわからぬ、のほほんとしている盆栽屋よ、喰えなくなるぞ。
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