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12月4日 盆栽屋のんき話
 昔から安行の地は植木の産地で仕入れに来る業者が多かった。親方は隣町の鳩ヶ谷に住んだ。仕入れ先が近いのとオフクロやその仲間が何人か居て仕入れも楽だったからだろう。母親は、商いの勉強の為に私を預けたのだろう。親方は優しい人だった。桐生に入り私は銀行の前に店を張った。道ばたは良く人が通るし銀行は田舎では中心地に有った。通る人に売るので有る。まだまだ地方には園芸店も盆栽屋も少ない時分である。親方はリヤカーを引いて、街々を売り歩く。これをながしと言っていた。私の受け持ったのを平日(ヒラビ)と言ってい居た。オダワコと言う商い方法も有る。これが出来れば商いはなにをしても喰えると言った。私はヒラビで銀行の前で一日ガンバリ夕方にはだいぶ売って帰って来た親方のリヤカーに品物を積み今夜の宿の神社に行った。シートが有り暖かさも有り寝心地も良かった。親方は近くの色街へ行って朝まで帰らなかった。寝て居るとすぐ前の大きな金物屋の娘と親父さんが気の毒がり私にメシを喰いに来いとシートを開けて話して来た。風呂に入れとも。この暖かさの心は今も忘れない。嬉しかった。現在も桐生から来る客にあの神社も金物屋も有るだろうかと聞くが、神社は有るがその金物屋は知らないと花街はとっくに無くなったとか。さて話はもどるが今度は渋川の町は桐生と違って町は小さかったので親方の引くリヤカーに盆栽や草花を積み、私が後ろを押していくので有る。小さな町工場や商店などをナガスので有る。オダワコは両手に草花を持ち、役場などにも平気で入って行き仕事中の人々に売るので有る。大きな声で売り歩く。初めは見て居るだけの私も売れると渡す役で有る。見ず知らずの所で有る役場や郵便局などは良く売れたが私はとうてい出来なかった。町工場や住宅などではほとんどと言っていいほど売れなかったが親方が両手に抱えて入ってゆくので有る。犬にほえられ、人にどなられの行商で有った。そして、夕暮れになり疲れ果て神社の前でコンロでメシをたき、車の荷台に寝るので有る。シートが有り若い私はそれでも良かった。親方は今日も夜になるとどこかの飲み屋へ行った。
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12月12日 盆栽屋のんき話
 久しぶりに千葉の弟がビニールハウス作りの手伝いに来て、夕刻となり長男とダベっている。私は黒松の針金かけをして居る。喰いものの話になったり、車の話になったりネットの話になった頃より盆栽界の現況の話になった。千葉の古い盆栽屋が不景気で夜は会社の宿直をしに行っているとか奥さんもパートに出ているとか。のんきな次男坊は独り身なので稼ぎもしないのに他人事のようにダベった。長男は盆栽界の中では働き盛りの中心で有る。盆栽界の現状を話した。日本の盆栽界はどんどん愛好者がやめたり、亡くなったりで少なくなっている。それに応じて若い人が入ってこない。外国人は増えて居るのに何がいけないか方法は如何にとの話になった。鉢でも樹でも仕入れ先もかなりの業者もやめ、また不景気で樹も鉢も仕入れる事が少なくなって居る由、個々の業者も苦しくなって居るとか。また常滑などの鉢生産地も山秋を始めかなりの業者がやめてしまって居る。確かに外国へ盆栽を輸出する事も良い事だが一部の業者が儲かって居るだけであるとかつきない話はどうも明るくない。仕事もアイデアも向こうからはやって来ない。努力して居なくては前進はない。話はこのあたりで6時になり当園も終わりの時間となった。私の黒松の針金かけはたいして進んでは居なかった。
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12月19日 盆栽屋のんき話
12月の中頃、今頃の季節になると盆栽屋もかなり地味になる。ビニールハウスの中も梅モドキの赤い実、ピラカンサスの赤い実などが目立つぐらいで有る。落葉樹は全て葉を取り、日が当たっていても何か眠っているようにも見える。当園は小品盆栽のハウスが大きいので有るが5カ所ぐらい有るがいずれも静かで有る。春から秋まで葉が茂って枝振りが見えにくかったが今は枝がよく見えるようになり、美しい何か小品の季節のように感じる。中品、大物のハウスも5カ所くらい有り、中に入って居る樹も今年は梅の場所、モミジの場所とそれぞれ区切りをつけて置いてみた。お客さんは見比べる事が出来るので楽しいと言ってくれる。大物と中品の梅だけでも30本以上有るので花の時はさぞかし美しい当園の梅園になるだろう。モミジと楓も当園には多く、優しい枝が良い。全ての雑木が入って来る関東地方で有るが冬場はかなり寒い。小品の松柏のハウスも3つばかり有る。五葉松、真柏、黒松とハウスは大きいのでまたそれぞれに葉も有り、樹姿が見えるように入れて有り、霜にも当たらず緑の葉は美しい。南方型の盆栽を1つハウスが有り、ハリツルマサキや磯山椒、台湾ツゲなどの大から小まで入れて有る。ここには取木中の雑木や秋からのサルスベリが葉をつけ置いて有る。サルスベリは室に、霜に当てないで置くと枝枯れを割としないために。また3、4回強い霜に当てた展示会用のボケを先日入れたばかりだ。寒さを喰い暖かい室に入ると2月頃の展示会に間に合って咲き出すのだ。もう今はストーブが一つ入って居りかなり暖かい。もっと寒くなると二つ目が入る。今年はブーゲンビリヤが早くも蕾を膨らませてきた。如何なる花を咲かせるか。冬期には冬期でけっこうに楽しい。整枝した松柏などのハウスも有り手入れした樹は小品も大物もそれぞれ冬場は入れていく。暖かい日はハウスも開けているので野鳥などが遊びにくる。
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12月26日 盆栽屋のんき話
 近頃どうしようもなく人間がボケてきた。情けないったら有りやしない。大阪の橋本サンへ電話で歳暮のお礼を掛けたら埼玉の昔なじみのお客さんへ掛けてしまった。電話帳をよく見たんだが当人が捕まると思って携帯を掛けたのが間違いだった。埼玉の橋本サンの声が懐かしかった。4年ぶりぐらいか向こうも喜んでくれたが話がトンチンカンになり倅や来て居たお客さんに笑われてしまった。最後は来年のカレンダーが有るから取りに来ないかなんてごまかした。懐かしい40年来のお客で有る。近くに居ても全然会わなかった。契約社員になったとか明るい声だった。後日会う約束が私の電話失敗から出来た。近頃は相手の名前を間違えたり鉢の名前を間違えたり、盆栽の値段を良く間違える。大事な鉢をどこへ置いたかわからなくなったりする。まったく困ったものだ。改めて大阪の橋本氏に歳暮のお礼の電話をする。携帯ではなくて家へ電話を掛けた。お互い同業として長い年月の友達で有る。話していると心が安らぐ。人生これが無くては。後日埼玉の橋本サンが菓子を持って遊びに来た。頭はハゲていたが、その他は変わりなく元気であった。奥様と電車での旅を楽しんで居るとか息子、娘の話になった。今思えば当園には橋本サンという知り合いは4人ぐらい居る。埼玉県の橋本サンも春には植え替えにまた来るとか言ってくれた。当園から車出20分ぐらいの所に住んでいるのだが。
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