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1月2日 盆栽屋のんき話
 すっかり年の暮れも押し迫ってしまった。近所の盆栽屋へ行く。車で30分ぐらいの所で有るが、1年に2回ぐらいしか行かない。同業で有るが相手がサツキ屋であることも理由になるか、お互い忙しいのも因となって居る。サツキが人気が落ち彼は鉢や水石や卓などにも幅を広げている。今日は私は鉢を見に出かけた。当園は野口君が独立して外国向けの鉢をネットで売って居る。私の家との共同で有る。外国に売れる鉢は日本の鉢が主で有る。その中でも常滑系の鉢が良く、山秋などが最高のステータスとなって居る。相変わらずサツキは売れないとか言って居た。特に今年は全般的に悪いとか、彼も苦労をして居る。外の棚に常滑の40センチくらいの丸鉢の如何にも外国向けの鉢が有ったが惜しいかなキズが有った。室内に入り、小鉢も色々と見たがなかなか無い。斉藤重石のルリ釉の長方の上に大助が花柄の絵を描いた鉢が有った。大助は当時、色々な人の無磁な鉢に描いて居たので大助が東福寺に描いたり150年ぐらい前の南京の小鉢に描いたりして居た。果たして重石と大助との関わりが有ったろうか大助は京都にも居たが大阪の重石と。何でも無いと値を聞いたが高く買えなかった。福田茂のラン鉢が有り、広東も有り、広東はかなり古かった。ビニールハウスの中に山秋の虫食いのような鉢、行山の鉢が何点か有った。舟山の大鉢なども有った。銅板の古いのも有り全てで10点ぐらい買えた。今年最後の仕入れで有る。何時の日もお客さんに満足のいく品物を応えなくてはと思う。
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1月9日 盆栽屋のんき話
 そんなに悲劇的に生きても、つまらない近頃は随分とのんきになった。不景気相な業者が来ても歌でも唄って手入れなどして居ると業者は不思議がり、マンチャンは儲かって居るねなんて言って居る。そんな事有るわけないのだが明るく生きるのが楽しいのだが生き馬の目を抜くほど頑張ってきたが今は何か平和なのだ。人にだまされたり盆栽や鉢をときおり盗まれたりする事も多いのだがまるでイワンの馬鹿のごとく生きたいと願っている。盗んだ男はアイツだろうと知っては居てもたまに買って行ったり菓子を持って来たりするとついまただまされる。だが私はその上の男になりたい。もういい年になった。今日は正月の6日で有る。京都の雅風展のにを兄弟は車に積んで居る。お客さんも色々と遊びにくる。めったに背広の人は来ないので税務署員かと思ったら阿部さんだった。仕事の帰りに寄ってくれた。盆栽仲間の話は楽しい。
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1月16日 盆栽屋のんき話
 狸の置物が売れたとか。お客さんから土払品を買いに行った時頂いて来た代物で有る。昨年の秋だった。家を取り払いマンションを建てるとかで盆栽をやめなくてはならず整理に伺ったのだが庭の奥の方の樹の陰の方にその狸は居た。二人並んで可愛かった。大きさも50センチくらいだった。一匹は若い作りの狸だった。私が頂いた方はかなり古く昭和30年頃に作られた狸だった。信楽物で有る。古風な作りが実に良かった。当園に持って来て冬になった頃棚が空いたのでその上に飾って置いた。水場も近かったので手洗をする折、楽しく眺めて居たのだが売れてしまって夕方には荷造りされて消えてしまった。野口君がネットで外国へ商売をしたのだがきっとアメリカあたりへ行くので有ろう。しかし、箱を開けてその家族は狸が出て来たらビックリするだろーなんて思ったら楽しくなった。どこに狸は生きるか。ビル街の中にか、田舎の一軒家かいろいろと思いもする。以前にも、お客さんから頂いたガマの置物を売った事が有る。30センチぐらいの大きさだったがこれも外国へ行った。セガレが招き猫なんか今度出したらどうだろうと言った。お金がたくさんに入ってくるなんて描いたら売れるよ。そんな物かも知れない。信楽では陶器の狸を外国に売って居るのだろうか。
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1月23日 盆栽屋のんき話
  女房の病気の事を考えなかったのは甘かった。先日におなかと背中がものすごく痛いと言い出し下のセガレにチョット大きめの病院に連れて行って結果を聞いたらやはりパーキンソン病からくる痛みだろうと言って、痛み止めの薬もくれず、それから女房は寝たきりになってしまった。15年程前よりパーキンソン病になってだましだまし来たのだがここでやっぱり俺と同じでポンコツはこの事が出てくるとは思わなかった。また災難とは思わないが昨年の暮れより売約済みになって居た鉢の高価な物が盗まれ、正月には車が駄目になったり20年来使って居た鉢置物の棚がくずれて大部鉢を割ったりさんざんだった。この間にもなんともくやしい事が3件ばかり有ったが忘れて書く事が出来ないが私にとって不幸が続いた。今年は始めに何にでも積極的に行動を取りさらに前進するぞと秘めて居たのだがくじけそうで有る。でも進まなくては。幸い良い事も昨日有った。当園のお客が5名国風展に応募して5名共合格をした。皆それぞれに電話すると嬉しがってくれた。何よりで有る。こんな単純なことで私も嬉しくなり盆栽の手入れをして居て、歌を唄ってしまう。北海道から初めて来た業者がビックリして居た。それなりに単細胞な人間は強い。なんでもこいだ。
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1月30日 盆栽屋のんき話
  毎週一回は通る私の散歩コースに警察官の寮が有る。若い警察官が入って居ると思われるがその庭の錦木の枝に白いモモヒキが引っかかって居る。それが一月の終わり頃になってもまだからまったままなので気になるのだが網の垣根が有り、私は見つめるだけで何時も通り過ぎる。近頃はまだ有るかなーと少し楽しみになってきて居る。垣根を乗り越えて拾ってやっても下着泥棒に見られるのも嫌だ。あのモモヒキはきっと2階3階あたりより風に吹かれて落ちたものだろう。錦木にからまる姿はまるでイカのバケモノの様だ。また何時か風に吹かれて凧となってどこかへ飛んで行くのだろうな、なんて思いつつ私は何時もの散歩コースを歩く。学校の側を通り建て売り住宅の側を通り、カラスウリが未だに成って居る農家の裏を通り、朝食を買う人の車がたくさん寄るコンビニの前を通り、近頃はトイレへ寄る公園に寄りそしてまた歩く。ダンベルを両手に持ちて居る胸のあたりまで持ち上げて歩けば良いのだがつい両手は下へ下がっててしまうがダンベルの効果は有る。8番線の銅線が針金掛けの時使えるのだ。この年になってもまだ若者に負ける事は無いと思うのだが。
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